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2017年8月22日 (火)

27巻 寛喜元年(1229)九月大十七日辛巳

晴れです。将軍頼経様は、海浜散歩のため、森戸海岸へ出かけました。これは、病気が治ってから初めての外出です〔去る7・8月の間具合が悪く、顔が腫れたりして、色々と御祈祷がありました〕。
相州北条時房さんも武州北条泰時さんもご一緒です。
杭で円形に筵を張って、中に犬を放して、外側から乗馬で矢じりを外した弓箭で射る犬追物がありました。
射手は、大炊助北条有時さん・足利五郎長氏・小山五郎長村・結城五郎重光・修理亮宇都宮泰綱・武田六郎信長・小笠原六郎時長・長江八郎師景・佐原左衛門四郎・佐々木八郎以下数人です。
時房さんが云うには「駿河次郎三浦泰村が京都へ出発してしまったので居ないのが残念だ。」だそうな。すると駿河前司三浦義村は嬉しそうな顔をしたんだとさ。
それから射終わりました。犬は30數匹です。又、作り物の的打ちをご覧になりました。小山長村と小笠原時長が見事な弓の技を披露しました。午後3時頃に急に暴風が吹いて、つまらなくなりました。午後5時頃になっても風が止まないので、お帰りになりましたとさ。

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2017年8月21日 (月)

27巻 寛喜元年(1229)九月大十日甲戌

晴れです。午前八時頃、三浦駿河次郎泰村は奥さん〔泰時さんの娘〕を連れて京都へ上ります。これは京都御所を警備する義務の大番に勤務するためです。

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2017年8月20日 (日)

27巻 寛喜元年(1229)九月大九日癸酉

武州北条泰時さんは、南条七郎次郎・横尾左近将監・美濃沢右近次郎・弥平太三郎達に命じて京都へ行かせまます。これは南条にはお琴を覚えさせるためです。その他の三人にはお神楽の秘曲を教えてくれるように、右近将監多好方に言い伝える算段なのです。

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2017年8月19日 (土)

27巻 寛喜元年(1229)九月大五日己巳

空は晴れです。駿河次郎三浦泰村の奥さんが新しく作った輿の乗り初めに、竹御所に来たそうな。

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2017年8月18日 (金)

27巻 寛喜元年(1229)九月大四日戊辰

武州北条泰時さんの娘〔駿河次郎三浦泰村の妻〕が、来る十日に京都へ上るので、今日、将軍頼経様と竹御所が餞別を送らせましたとさ。小袖や寝衣などで長持に入れてあるそうです。

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2017年8月17日 (木)

27巻 寛喜元年(1229)八月小十七日壬子

暴風が強く雨も激しい。午前十時頃に止みました。稲の花が皆枯れてしまいましたとさ。

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2017年8月16日 (水)

27巻 寛喜元年(1229)八月小十六日辛亥

一日中雨が休みなしです。夜中以後は大風です。今日も又、将軍頼経様は鶴岡八幡宮へお参りです。馬場での奉納は流鏑馬はじめ何時もの通りです。病気が治り切っていませんが、なんとか両日とも出席しました。これは鎌倉にとって重要な神事だからと、泰時さんに戒められたからです。

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2017年8月15日 (火)

27巻 寛喜元年(1229)八月小十五日庚戌

晴れです。鶴岡八幡宮で生き物を放して贖罪する放生会に将軍頼経様が出席です。相州北条時房さん・武州北条泰時さんも参りました。助教中原師員・駿河前司三浦義村・出羽前司中条家長・伊東判官祐時〔狩衣に〕・後藤判官基綱〔布製の括り袴〕などがお供をしました。竹御所と北条泰時さんの奥さんも参りましたとさ。

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2017年8月14日 (月)

27巻 寛喜元年(1229)八月小四日己亥

晴れです。大慈寺で、武州北条泰時さんの願いで、規則通りにお経十種をあげる供養の儀式がありました。

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2017年8月13日 (日)

27巻 寛喜元年(1229)七月大二十三日戊子

空は晴れです。丑刻午前二時頃、月が歳星木星の軌道を犯しました〔30cmまで近づきました〕。

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2017年8月12日 (土)

27巻 寛喜元年(1229)七月大十一日丙子

故二位家政子様の命日なので、勝長寿院で一切経を唱える式典を行いました。相州北条時房さんも武州北条泰時さんも出席だそうな。

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2017年8月11日 (金)

27巻 寛喜元年(1229)七月大八日癸酉

晴れです。五人の坊さんが一同に拝む密教の儀式を始めましたとさ。

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2017年8月10日 (木)

27巻 寛喜元年(1229)七月大七日壬申

空は晴れです。将軍頼経様は馬場殿へお出ましです。この場所で、稚児の踊りがありました。鶴岡八幡宮新筆頭の法印定親がご機嫌伺いに連れてきました。

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2017年8月 9日 (水)

27巻 寛喜元年(1229)七月大五日庚午

晴れです。今朝はお顔の腫れが、多少少なくなって来ています。

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2017年8月 8日 (火)

27巻 寛喜元年(1229)七月大四日己巳

晴れです。お昼頃将軍頼経様(12歳)が具合が悪くなり、顔が腫れています。去年の12月7日に初めてこの症状が出たのです。その後は、たまに発病していました。それなので、助教中原師員が担当して、占いをさせたところ、「お心がお疲れの上、呪詛の霊や氏神の祟りがそういう悪さをするのでしょうかね。仏教や陰陽道で祈り誤れば、きっと快方に向かうでしょう。」と七人が同じ占い結果を云っておりますそうな。

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2017年8月 7日 (月)

27巻 寛喜元年(1229)七月大三日戊辰

午前三時頃に、北東鬼門の方向が赤い。午後四時頃に雷。御所の倉の南辺りに落雷したようです。

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2017年8月 6日 (日)

27巻 寛喜元年(1229)六月小二十九日乙丑

晴れです。六月最終日の半年分のお祓いです。安陪晴賢が勤めました。駿河守北条重時が、付き添いました。周防前司中原親実が進行担当です。

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2017年8月 5日 (土)

27巻 寛喜元年(1229)六月小二十八日甲子

晴れです。将軍頼経様の病気はかなり悪いようです。でも、午後七時過ぎになると、多少良くなってきたそうな。

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2017年8月 4日 (金)

27巻 寛喜元年(1229)六月小二十七日癸亥

曇りです。今日、幕府の馬場殿で、小山五郎長村・駿河次郎三浦泰村・同四郎三浦家村・宇都宮四郎左衛門尉頼業・氏家太郎公信・小笠原六郎時長などが、流鏑馬や遠笠懸などを射ました。将軍頼経様もお出でです。武州北条泰時さん以下の面々も集まりました。
その中で、小山と三浦兄弟と小笠原は、作り物の的を射てみせました。小山長村は、七違取止
(不明)。三浦泰村は、四六三遠立(不明)。三浦家村は、200m以内に8個の的の八的。小笠原時長は、三尺取止(不明)などだそうな。それぞれの腕前に皆感心しました。やっているうちに日が暮れてきて、将軍頼経様は具合が悪くなってきましたので、すぐに御所へ入りましたとさ。

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2017年8月 3日 (木)

27巻 寛喜元年(1229)六月小二十六日壬戌

午後二時頃、小さな地震です。

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2017年8月 2日 (水)

27巻 寛喜元年(1229)六月小二十五日辛酉

晴れです。左大臣法印定親は、鶴岡八幡宮筆頭に任命です。これは師匠の定豪が、僧正定雅へ一度譲渡したのを取り返して、定親に譲ったからだそうな。

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2017年8月 1日 (火)

27巻 寛喜元年(1229)六月小二十日丙辰

鶴岡八幡宮の臨時のお祭りです。将軍頼経様(12歳)〔束帯で牛車〕のお参りです。陸奥四郎北条政村が太刀持ち。狩野藤次兵衛尉為光は弓矢をかけています。新判官後藤基綱がお供だそうな。

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