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2017年4月30日 (日)

27巻 安貞二年(1228)五月小二十八日庚子

曇りです。昼頃に千葉介胤綱が亡くなりました。年は21です。

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2017年4月29日 (土)

27巻 安貞二年(1228)五月小二十三日乙未

晴れです。奈良と談山神社妙楽寺との戦闘について会議で検討し、出羽前司中条家長を使者として、京都へ意見を伝えるようにとの事です。

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2017年4月28日 (金)

27巻 安貞二年(1228)五月小二十二日甲午

晴れました。お祈りを始めました。
 薬師如来の護摩炊きは、 大進僧都頼基
 一字金輪のお経は、   信濃法印道禅
 八字文殊菩薩のお経は、 宰相律師円親
 十一面観音の護摩炊きは、加賀律師定清
 五大明王のお経は、   念行
 北斗星の供養は、    助法印珍与
 将軍の本命の星の供養は、師法橋珍瑜
 天地災変祭は、     安陪親職
 螢惑星火星祭は、    安陪國継
   以上
今日、六波羅からの伝令が到着して云うのには「先月17日と同じ25日の二度も、奈良の僧兵達が
談山神社妙楽寺と戦って、お堂も宿舎も塔も廟も火事にしてしまったので、朝廷が宥めたのですが、比叡山の武者僧は立ち上がり、今もっておさまりませんので、天皇の命令を武家にだしました。」とさ。

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2017年4月27日 (木)

27巻 安貞二年(1228)五月小二十一日癸巳

晴れです。天文博士安陪維範さんが地震祭を勤めました。」今日、午後八時頃、御所の周りで騒ぎがあり、御家人達が走り回りました。武州泰時さんは、尾藤左近入道景綱と平三郎左衛門尉盛綱達を使って、特別な事は何もないので、引き上げるように制した所、夜中になって静まりました。これは、追討される連中があると噂が流れたからです。

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2017年4月26日 (水)

27巻 安貞二年(1228)五月小十六日戊子

晴れです。午前十時頃、相模五郎時直さんの奥さん〔三浦三郎左衛門尉家連の娘〕が男の子を安産しました。」
今日、後藤左衛門尉基綱が云うのには、「先月29日前右宰相中将〔実雅さん〕が、越前国でお亡くなりになりました〔歳は30でした〕。この人は、去る元仁元年(1224)越前へ流罪(10/29)になったのです。後藤基綱は、越前の守護人です。

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2017年4月25日 (火)

27巻 安貞二年(1228)五月小十五日丁亥

午後八時頃、大地震です。

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2017年4月24日 (月)

27巻 安貞二年(1228)五月小十四日丙戌

晴れました。姫君竹御所の病気が治ってきたので、今日昼頃に竹御所で、病の気を洗い流す儀式の沐浴がありました。

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2017年4月23日 (日)

27巻 安貞二年(1228)五月小十三日乙酉

印東八郎が、御所で将軍家の馬屋の馬〔栗毛〕を拝領しました。これは、競馬の力に感心されたからです。

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2017年4月22日 (土)

27巻 安貞二年(1228)五月小十日壬午

快晴です。将軍頼経様は今日も同じ馬場殿へお出ましです。駿河次郎三浦泰村・小笠原六郎時長・小山五郎長村達が、流鏑馬を射ました。次に5番の競馬がありました。」
今日、竹御所姫が病気です。相州時房さんの負担でお祈りを始めました。

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2017年4月21日 (金)

27巻 安貞二年(1228)五月小八日庚辰

晴れです。将軍頼経様が、馬場殿〔御所の東門にあります〕へお出になられ、5番の競馬がありました。佐々木加治三郎左衛門尉や印東八郎以下が、勝負をしましたとさ。」
今日、竹御所姫は、御病気だとさ。

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2017年4月20日 (木)

27巻 安貞二年(1228)五月小七日己卯

先月25日、奈良の武者僧どもが、1日に続いて又も談山神社妙楽寺へ火をかけました。比叡山延暦寺の僧兵が本気で立ち上がりましたので、京都朝廷では控えるように宥めていると、伝令が届きました。

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2017年4月19日 (水)

27巻 安貞二年(1228)五月小一日癸酉

将軍頼経様が六浦からお帰りです。昨夜は六浦にお泊りでしたそうな。

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2017年4月18日 (火)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十八日辛未

晴れです。将軍頼経様は、遠足に六浦へお出かけになりましたとさ。

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2017年4月17日 (月)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十七日庚午

京都から伝令が着きました。先日の17日に奈良の武者僧が談山神社妙楽寺へ攻めて行って、戦をして放火をしました。これを聞いた比叡山延暦寺武者僧が怒って集合したので、京都の街中は不穏な状況となりましたとさ。

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2017年4月16日 (日)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十六日己巳

曇りです。今朝、将軍頼経様が帰ろうとすると、生西小山朝政が、引き留めましたんので、夕方まで遊んでいきました。小山朝政は、一族の中でも弓箭がうまいのや力の強いのを撰んで、庭で小笠懸を射てみさせ、相撲を取らせたりしました。その後お帰りになりました。

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2017年4月15日 (土)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十五日戊辰

晴れました。今夜、将軍頼経様は五月節(芒種)の方角変えのために、生西小山朝政の屋敷へ入りました。

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2017年4月14日 (金)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十三日丙寅

晴れです。昼頃にお帰りです。

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2017年4月13日 (木)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十二日乙丑

小雨です。将軍頼経様さんは江ノ島の神様にお参りです。帰りのついでに駿河前司三浦義村の大庭の別荘にお寄りになりましたとさ。

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2017年4月12日 (水)

27巻 安貞二年(1228)四月小二十一日甲子

晴れです。御所に牛車の車庫を建築です。今日すでに棟上げ式です。後藤左衛門尉基綱が指揮担当です。

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2017年4月11日 (火)

27巻 安貞二年(1228)四月小十六日己未

将軍頼経様は、遠足に葉山の森戸海岸へお出かけです。泰時さん・駿河前司三浦義村を始めとするお供の皆さんは大勢です。夜になって帰りましたとさ。

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2017年4月10日 (月)

27巻 安貞二年(1228)四月小七日庚戌

午後六時頃地震です。

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2017年4月 9日 (日)

27巻 安貞二年(1228)三月大二十五日戊戌

〔明日は四月の節会です〕晴れです。今夜、将軍頼経様は方角変えのため、小山下野入道生西(朝政)の屋敷に入りました。御所から南方です。これは牛車の車庫を建てるため、縁起の悪い王相の方角を変えるためです。相州時房さんたちがお供をしました。

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2017年4月 8日 (土)

27巻 安貞二年(1228)三月大十三日丙戌

晴れました。今日、讃岐国善通寺の領地の地頭を撤退しました。ここは弘法大師誕生の地で、一日中絶え間なく祈祷をしている寺です。本尊は、弘法大師作の釈迦如来と薬師如来だそうな。しかし、最近になって地頭を置くようにしたので、寺の取り分が無くなったと、訴え状を出してきたので、特に命令があって、地頭を撤廃したのだそうな。

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2017年4月 7日 (金)

27巻 安貞二年(1228)三月大九日壬午

晴れました。将軍頼経様が初めて浜へ出ました〔由比ガ浜〕。非公式に仮設見学用桟敷に入られました。お供などの道中の儀式は全てこれを省略しました。円を描いた柵の中に犬を放して、矢じりを外した引目で当てる犬追物がありました〔犬は30匹〕。駿河前司三浦義村が確認役です。
射手は、
 相模四郎朝直  三浦駿河次郎泰村
 佐々木判官三郎 城太郎安達義景
 武田六郎信長  大須賀次郎左衛門尉胤秀
 小笠原六郎時長 佐原太郎経連
 氏家太郎公長  佐々木八郎信朝
 原左衛門尉忠康 横溝六郎義行

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2017年4月 6日 (木)

27巻 安貞二年(1228)三月大三日丙子

晴れです。鶴岡八幡宮の上巳の節句の神事は何時もの通りです。将軍頼経様がお参り。武州泰時さんがお供をしました。

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2017年4月 5日 (水)

27巻 安貞二年(1228)二月小十九日癸亥

御所の南庭で、二十番の相撲を取らせました。その中に葛西三郎左衛門尉清重がお抱えの相撲取り、柴又平次三郎は特に強いのです。そこで、周防蔵人を使ってお着物を褒美に与えましたとさ。

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2017年4月 4日 (火)

27巻 安貞二年(1228)二月小十八日壬戌

駿河前司三浦義村が二所詣でから帰りました。往復とも風雨の苦労はありませんでしたとさ。

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2017年4月 3日 (月)

27巻 安貞二年(1228)二月小十四日戊午

御所で宴会がありました。信濃法印道禅・大進僧都観基以下の何人かが参加して、芸の披露大会になりましたとさ。

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2017年4月 2日 (日)

27巻 安貞二年(1228)二月小十三日丁巳

快晴です。今朝駿河前司三浦義村が、二所詣での代参に出発しましたとさ。

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2017年4月 1日 (土)

27巻 安貞二年(1228)二月小八日壬子

晴れです。伊豆山権現箱根権現の二所詣でのために、精進潔斎を始めです。将軍頼経様がお参りに行こうとの意見も有りますが、先日の走湯山の火事によって、行くのを止めにしました。火事の後始末について、今朝色々と検討がありましたそうな。

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