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2017年2月28日 (火)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大二十一日丙申

御病気については、今日も同じ容態だそうな。

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2017年2月27日 (月)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大二十日乙未

晴れです。御病気が悪化しました。そこで、16日に未だ参加していない陰陽師に言いつけて、七人の泰山府君祭を行いました。それは、安陪晴職・安陪晴茂・安陪重宗・安陪宣賢・安陪晴俊・安陪道継が勤めました。進士判官代橘隆邦がこの指揮担当です。

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2017年2月26日 (日)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大十九日甲午

晴れです。病気平癒の祈りのため、土公祭や鬼気祭を始めました。今日は、将軍頼経様の凶日です。だからと云って控えませんでした。明日はもっと縁起の悪い日だからです。

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2017年2月25日 (土)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大十八日癸巳

午前十時頃から、将軍頼経様の具合が悪くなりました。今日、御所にある将軍の守り本尊を祀る持仏堂で、仏の守護神の絵を画きました。周防前司中原親実が指揮担当しました。

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2017年2月24日 (金)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大十六日辛卯

お祈りをしました。
 三万六千神祭は、安陪晴賢
 天地災変祭は、安陪國継
 月曜祭は、安陪親職
 歳星(木星)祭は、安陪晴幸
 填星(土星)祭は、安陪泰貞
 螢惑星(火星)祭は、安陪文元

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2017年2月23日 (木)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大十五日庚寅

最近天の異変や地の不安定が続いたことと、麻疹が流行しているので、今日御祈祷を始めました。
 
薬師如来の護摩炊きは、大進僧都観基
 千手観音の護摩炊きは、丹後僧都頼暁
 十一面観音の護摩炊きは、加賀律師定清
 馬頭観音の護摩炊きは、若宮筆頭定雅
 如意輪観音のお経は、越中阿闍梨
 不空羂索觀音のお経は、宰相律師。

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2017年2月22日 (水)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大九日甲申

台所の脚付きの竈が鳴りました。陰陽師が「火事の心配があるので注意されたい」と占い結果を云いました。

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2017年2月21日 (火)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大六日辛巳

午後六時頃大地震です。三条左近将監親実を指揮担当として、連続する地震について不審に思われて、地震を治めるための良い政治を行う意見や祈祷について、意見を提出するように、仏道や陰陽道などに命じましたとさ。

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2017年2月20日 (月)

脱漏 嘉祿三年(1227)十一月大四日己卯

晴れです。御所の女官の阿波局が亡くなりました。泰時さんの叔母さんです。30日の喪に服すので、自分の屋敷から去って、尾藤左近将監入道道然(景綱)の家へお移りになりました。

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2017年2月19日 (日)

脱漏 嘉祿三年(1227)十月小二十五日辛未

六波羅が取り次いだ、院からの手紙や朝廷への、将軍の返事などを、六波羅へ出す時は、案分を添えて送るように、今日担当者に命じられました。文箱を納める際に、六波羅でも内容を承知しておくためです。

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2017年2月18日 (土)

脱漏 嘉祿三年(1227)十月小二十日丙寅

お釜が又も鳴りましたとさ。

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2017年2月17日 (金)

脱漏 嘉祿三年(1227)十月小十四日庚申

晴れです。お釜の珍事件があったので、御所で百怪祭などのお祓いを行いました。

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2017年2月16日 (木)

脱漏 嘉祿三年(1227)十月小十二日戊午

晴れです。午前十時頃、御所の煮炊きする台所釡殿のお釜(鼎)が鳴りだしました。この珍事を周防前司中原親実が指揮担当して占いをさせました。「病気の心配があるので、気を付けるように」と云いました。

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2017年2月15日 (水)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大二十二日戊戌

晴れました。佐々木判官信綱、近江国佐々木豊浦・葉鹿堅田の両庄園、それに栗本北郡などの地頭の職を与えられました。これは、去る承久三年の合戦の褒美です。すぐに、「宇治川合戰の時、一番に川を渡った一番乗りの褒美として任命する」と、命令書に載せられましたとさ。

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2017年2月14日 (火)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大二十一日丁酉

天の星の運航の異常についてのお祈りのうち、藥師・八字文殊・天地災変など先日の九日に延期した分を、今日始めましたとさ。

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2017年2月13日 (月)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大十三日己丑

御所内で和歌の会をやりたいと、最近云っておられるけど、体調が良くないので、取りやめとなりました。但し、皆が作った歌は、内々に集められて見て楽しんでおられます。

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2017年2月12日 (日)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大九日乙酉

天の星の運航の異常についてのお祈りを今日始めました。
 
薬師如来の護摩炊きは、大進僧都観基
 一字金輪のお経は、信濃法印道禅
 八字文殊菩薩のお経は、宰相律師
 七曜の供養は、助法印珍与
 北斗星の供養は、師法橋珍瑜
 天地災変祭は、安陪親職
 蛍惑星(火星)祭は、安陪晴賢
 太白星(金星)祭は、安陪國継
以上のお祈りの実施には、後藤左衛門尉基綱・進士判官代橘隆邦が担当です。但し、藥師・八字文殊・天地災変などは、今日検討して延期としましたとさ。

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2017年2月11日 (土)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大四日庚辰

晴れました。地震について、周防前司中原親実を通してお尋ねなりましたところ、天王様からの神意です。月にも従い、日にも従うので、吉と凶が共に訪れると、陰陽道の連中が云っております。

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2017年2月10日 (金)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大三日己卯

晴れです。午前二時頃大地震です。

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2017年2月 9日 (木)

脱漏 嘉祿三年(1227)九月大二日戊寅

晴れです。金星が火星に迫って犯すと、天文方が周防前司中原親実を通じて、連盟の上申書を提出しましたとさ。

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2017年2月 8日 (水)

脱漏 嘉祿三年(1227)八月大三十日丙子

晴れました。将軍頼経様の体に発疹(三日ばしか)が出たそうな。

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2017年2月 7日 (火)

脱漏 嘉祿三年(1227)八月大十八日甲子

晴れです。匠作北条時氏さんが、京都へ帰りました。又、大江兵衛尉能行が幕府の使者として京都へ向かいました。西園寺公経さんの奥さんの弔問のためです。

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2017年2月 6日 (月)

脱漏 嘉祿三年(1227)八月大十五日辛酉

鶴岡八幡宮の生き物を放す式典の放生会は延期しました。将軍頼経様の祖母の喪に服す穢れだからです。

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2017年2月 5日 (日)

脱漏 嘉祿三年(1227)八月大十三日己未

晴れです。お祈りを始めました。助教中原師員が担当だそうな。
 お不動様の護摩炊きが、山口法眼。
 歳星(木星)祭が安陪晴賢
 太白星(金星)祭が安陪晴職。
今日午後四時頃に京都からの伝令が着きました。先日の七日に太政大臣西園寺公経様の奥さんが赤痢で亡くなったと申しました。将軍頼経様の母方の祖母です。

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2017年2月 4日 (土)

脱漏 嘉祿三年(1227)八月大十日丙辰

晴れました。納所が出来上がったので、今日始めて荷物を収めました。後藤左衛門尉基綱が指揮担当しました。

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2017年2月 3日 (金)

脱漏 嘉祿三年(1227)八月大一日丁未

晴れです。内藤左衛門尉盛家が亡くなりました〔89才〕。老年の上、下痢に苦労していました。死ぬ間際に、極楽往生を信じて疑わずに、一心に念仏をして、雑念を去った安らかな心だったそうです。

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2017年2月 2日 (木)

脱漏 嘉祿三年(1227)七月小二十九日丙午

晴れました。安陪親職と安陪晴賢が白虹との上申書を、後藤左衛門尉基綱に託しましたとさ。

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2017年2月 1日 (水)

脱漏 嘉祿三年(1227)七月小二十八日乙巳

晴れです。後藤左衛門尉基綱が担当して、陰陽師の連中を御所に呼び集め、天の異変についてお聞きになったところ、安陪泰貞と安陪宣賢は、戦の前兆の白虹ではありませんと云い、安陪親職と安陪晴賢は、白虹だと申しあげましたとさ。

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