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2016年11月30日 (水)

脱漏 嘉祿三年(1227)二月小八日戊

晴れました。今年の半ばから後半は、三つの厄が重なるし、それに近頃天の運航がおかしい天変が続いてはいますが、年の初めから不吉な事は云ってはいけないので、天文方の連中も詳しい事は云いませんでした。それで、あれここれも上申書にして提出してきました。後藤左衛門尉基綱が取り次ぎました。進士判官代橘隆邦が将軍の御前で読み上げましたとさ。子の一点(23:00~23:24)午後十一時過ぎ、幕府の東西の人家と泰時さんの納屋一棟が焼けました。御所の中の人や、時房さん・泰時さんの二軒それに竹御所も驚き心配しましたが、それぞれ無地でしたとさ。

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2016年11月29日 (火)

脱漏 嘉祿三年(1227)二月小五日乙酉

晴れました。夜中の十二時頃に雷です。

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2016年11月28日 (月)

脱漏 嘉祿三年(1227)二月小四日甲申

晴れました。京都からの使いがやってきて、先月の26日に将軍頼経様は近江権介(近江国次官)を兼任することになりましたと、申しあげました。

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2016年11月27日 (日)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大二十八日戊寅

晴れました。先達ての16日から熒惑星火星の光が増して、光芒が噴出していると、天文方が云っております。

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2016年11月26日 (土)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大十五日乙丑

晴れです。午後六時頃と夜中の12時頃とに二度地震がありました。今日は、箱根権現と伊豆山権現の二所詣での精進潔斎を始めました。幣を納める代参の駿河守重時さんが、精進用の小屋に入りましたとさ。

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2016年11月25日 (金)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大十四日甲子

晴れです。昼頃に地震です。

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2016年11月24日 (木)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大十一日辛酉

晴れました。戌の刻午後八時頃、太白星金星が熒惑星火星にかぶって犯しました。

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2016年11月23日 (水)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大九日己未

晴れです。午前十時、将軍頼経様のお出かけ始めです〔輿〕。武州泰時さんの屋敷に入りました。お供は歩き。駿河守重時さんが太刀持ち。迎えた屋敷ではおもてなしを特に念入りに用意しました。刀や馬の引き出物がありました。事ごとに贅沢に用意していたそうな。

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2016年11月22日 (火)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大八日戊午

晴れました。幕府で新年初の般若心経を唱える会です。鶴岡八幡宮の坊さんが来て勤めました。

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2016年11月21日 (月)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大五日乙卯

晴れました。天の運航の異常について、天文方の連中が報告しましたとさ。

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2016年11月20日 (日)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大四日甲寅

晴れました。去年十二月三十日の午後十時頃、伊豆山神社の本殿・拝殿・釡殿・常行堂それに回廊・総門・仁王像など火事で燃えてしまったと、平左衛門尉盛綱が報告しました。この事は重大な問題なので、先日の一日に人を通さずに、伊豆山神社の副官が走って来て報告しましたが、三が日は縁起が悪いので、平盛通が聞き留めておいたそうな。

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2016年11月19日 (土)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大三日癸丑

晴れました。将軍頼経様への御馳走のふるまいは、駿河前司三浦義村が献上しました。刀の献上は駿河守重時さんがやりました。午後八時頃、太白星金星が熒惑星火星の軌道を犯しました〔60cm程離れてました〕。

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2016年11月18日 (金)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大二日壬子

晴れました。将軍頼経様への御馳走のふるまいは、相州時房さんの献上です。」
午後八時頃田楽辻子の東西100mちょっと火事で焼けました。

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2016年11月17日 (木)

脱漏 嘉祿三年(1227)正月大一日辛亥

晴れです。将軍頼経様への御馳走のふるまいは、武州泰時さんの献上です。

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2016年11月16日 (水)

脱漏 嘉祿二年(1226)十二月小二十九日庚戌

晴れです。今夜の夜中に、伊豆国の伊豆山神社の宝物庫それに回廊・宿舎など数十も焼けてしまいました。その火は、翌日の昼頃まで消えずに燃えていましたとさ。

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2016年11月15日 (火)

脱漏 嘉祿二年(1226)十二月小二十一日壬寅

空は晴れて風も静かです。夜になって、相州時房さんや武州泰時さんの二男時実さんは、新築の屋敷へそれぞれ引っ越し式がありましたとさ。

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2016年11月14日 (月)

脱漏 嘉祿二年(1226)十二月小十三日甲午

晴れました。午後八時頃、政所の前から失火しました。尾藤左近将監景綱・平三郎左衛門尉盛綱・清原右衛門志弾正忠季氏・大和左衛門尉・近藤刑部丞などの家が燃えてしまいましたとさ。

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2016年11月13日 (日)

脱漏 嘉祿二年(1226)十二月小十日辛卯

午前十時頃から雨が降り、宵には白雪に変わりました。今日、竹御所の引っ越し式です。午後八時頃に新築の御所へお入りです。輿を使いました。お供は、伊賀右馬助仲能・源左近大夫家平・左衛門尉広光・那珂左衛門尉などです。お入りの際に、大膳亮安陪泰貞〔束帯〕がお祓いの踊り歩きを勤めました。褒美を与えられました〔白い綾織の着物です〕。仲能が手渡しました。又、牛車から上り下りする内の廊下の端へ牛車用の牛を引いてきました。広光が勤めましたとさ。

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2016年11月12日 (土)

脱漏 嘉祿二年(1226)十二月小八日己丑

晴れです。竹御所を作り終えたので、改めて地の神を静めるお祈りをしました。又、家具や付属の建物を用意したそうです。

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2016年11月11日 (金)

脱漏 嘉祿二年(1226)十二月小四日乙酉

晴れです。午後八時頃、月が火星の軌道を犯し、金星が木星の軌道を犯しました〔6cmです〕。

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2016年11月10日 (木)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小二十七日戊寅

晴れました。午後八時頃、金星が土星の軌道を犯しました。

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2016年11月 9日 (水)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小二十六日丁丑

晴れました。天の星の運航の異常を治めるお祈りを始めました。仏教では北斗星供養。仏教以外では、天地災変祭・属星祭・月曜祭です。又、今月から毎月の泰山府君祭を行うことにしましたとさ。

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2016年11月 8日 (火)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小十四日乙丑

晴れました。午後八時頃、木星が火星の軌道を犯しましたとさ。

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2016年11月 7日 (月)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小十三日甲子

晴れました。将軍頼経様の御病気が良くなってきたので、穢れを落とす沐浴式を行いましたとさ。

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2016年11月 6日 (日)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小八日己未

陸奥国平泉の円隆寺〔毛越寺とも云います〕燃えてしまいました。その時、この事件を鎌倉で云って歩いた者がおります。不思議な事と云えますね。しかし後日、噂の流れたのはその時間でした。これは藤原清衡が立てたお寺です。霊場としての荘厳さは我が国に比べる者のないとも謂われていました。頼朝様が文治五年(1189)奥州合戦のついでに、お参りされたあと、特に信仰していたそうです。

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2016年11月 5日 (土)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小五日丙辰

晴れです。午後八時頃、月が土星の軌道を犯し、又月が火星の軌道を犯しました。午後十時頃には月が木星の軌道を犯しました。

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2016年11月 4日 (金)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小四日乙卯

夜になって鶴岡八幡宮修理の引っ越しです。神様本体を元の宮へ引っ越し戻しました。泰時さんもお参りです。午後八時頃、火星が木星の軌道を犯しましたとさ。

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2016年11月 3日 (木)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小三日甲寅

晴れです。今朝の夜明けに御病気の平癒を祈るため、七人の泰山府君祭を行いました。安陪親職・安陪晴賢・安陪重宗・安陪晴職・安陪宣賢・安陪文元・安陪道継達が勤めました。午後八時頃、月が金星の軌道を犯しました〔60cmのところです〕。

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2016年11月 2日 (水)

脱漏 嘉祿二年(1226)十一月小二日癸丑

将軍頼経様の病気について、周防前司中原親実が担当して占いを行わせました。安陪晴賢・安陪道継・安陪國継さん達が呼ばれて来ましたとさ。

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2016年11月 1日 (火)

脱漏 嘉祿二年(1226)十月小二十八日庚戌

晴れです。具合が悪くなったので、招魂祭などのお祈りを始めました。三条左近大夫将監親実が担当しましたとさ。

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