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2016年8月24日 (水)

脱漏 嘉祿元年(1225)十二月大九日乙未

晴れました。泰時さんが現在の若君三寅の居所へ参りました。引っ越し前に、お祓いのお祭りをするべきかどうか、検討しました。大監物源光行入道・源内左衛門尉景房それに安陪國道さん・安陪親職が呼ばれてきました。これは、光行入道と景房が、そのお祭りについて、必ずしもそうではないでしょう。行う必要はないでしょうと、内々に云ってきたので、対決させるためです。すぐに泰時が直接詳しく国道さんにお聞きになりました。国道さんが云うには、「お二人は物知りなお方ですが、陰陽道は別もんです。詳しい事はお知りではないでしょう。皇居から臣下の家へ来ていて、引っ越すときはお祓いの祭を行う事が、例として定めております。一つは、花山院の昔から、火事にあったのでなければ、そのお祭りは行われています。最近では、後京極九条良経様が引っ越しの時も行われています。」だとさ。親職が云うには、「故左府頼長の引っ越しには行っております。故将軍実朝様の時は、厩のお祓い以外は、全て行われています。ですから行うべきでしょう。」だとさ。

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