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2009年7月 8日 (水)

第九巻文治五年(1189)二月大二十二日壬午

(頼朝様は)使い〔雑用の時沢〕を京都へ出発させました。義経が行方をくらましてから後の、京都朝廷のやりかたは、生温すぎるので、人なんてものは悪事をしないわけが無い。何故急いで対処しないのだと、申し入れるためなんだと。

一つは、奥州平泉の頭領藤原泰衡が、義経を匿っている事は、反逆者に同意している事は疑いようも無い。朝廷の許可を得て、罰を加えに行こうと望んでいる事。

一つは、藤原頼経卿は、義経に味方をしている役人である。役職を辞めさせて朝廷から追い出すように前に申し上げています。それなのに院からのお叱りは有ったと聞いていますが、未だに京都に居るので、納得が出来ません。

一つ 按察大納言〔葉室朝方〕、左少将藤原宗長、出雲侍従朝経、出雲目代兵衛尉政綱、前兵衛尉為孝の連中は、義経に味方している罪として、現在の官職を解雇してください。

一つ 比叡山の僧兵達は武器を携えて、義経に味方したことは、悪巧みを企んでいるので、叱ってくださいと先日申し上げましたが、その旨をご命令は出していただいたと聞きました。しかし、未だに弓矢や太刀、刀が比叡山に充満していると噂があります。

一つ 後白河上皇の夢のお告げによって、平家に味方して流罪になった人達を許して京都へ呼び返すことについて、坊主や平時実、平信基なんて役人の連中は何という問題も無いので、許して呼び戻される命令を出されたらどうですか。

一つ (源氏の)大切にしている六条若宮八幡宮は、法皇のお住まいの近所ですね。祭りの時に喧嘩が起こったなんて、お騒がせしてすいませんでした。

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