第九巻文治五年(1189)二月大二十六日丙戌
去年、奥州平泉へ遣わされた京都朝廷の役人の守康は、すでに京都へ戻るところで、今日鎌倉に泊まりました。八田右衛門尉知家に命じて饗応させました。守康が言う事には、義経のありかが分かりましたので、早く捕まえて突き出しますと、泰衡は返事を書いて申し上げています。(頼朝様が)おっしゃられたのには、そのことだが、どうも泰衡の腹の中はわかり難い。心底義経に味方しているので、先日の京都朝廷の命令書を無視して、突き出さなかった。それを今更、一時凌ぎに、命令に従いますと書いているが、凡そ嘘に違いない。まったく信用するには値しないなだとさ。
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