周防国(山口県東部)では、去年の四月五日に、東大寺再建のために寄付された材木を、その国で切り出しをしたのですが、御家人達が武力に物を言わせて、邪魔をしたことので、勧進聖人重源は、在庁官人の訴えの文書を使って、京都朝廷へ訴え出たので、その上申書を朝廷から関東へよこし、詳しく調べて命令するように云って来ました。
重源が、申し上げます。東大寺造営の材木のことですが、急いで命令して処理していてくれていると承知をして、周防へ下ってきたのですが、未だに武士達の邪魔が止まっておりません。
筑前冠者家重 内藤九郎盛經 三奈木三郎守直 久米六郎國眞 江所高信(国衙武者所の大江高信)
この人達が、それぞれ鎌倉から地頭に任命されてきておりますが、あちこちに蓄えておいた米百八十六石(約27.9t)を理由もなく、腕づくで取って行ってしまいました。材木運びの人足の賃金に宛てることにして、関西から運んでいったのに、このような邪魔が入って、全ての予定が狂ってしまいました。国司として私が止めても、相手にしません。このような事が静まりませんと、この大事業は成功しそうもありません。そればかりか、在地の人々を集めて、自分の城普請をさせ、私が材木の切り出しを始めたのに、材木を引く労働者を自分の用事に連れて行き、材木を引かせる事を承知しません。他にも又、山野で狩をして、材木引きの邪魔をして、全く院宣に遠慮をせず無視しております。このようなことですので、万事が旨くいかないことが心配なので、急いで申し上げる次第です。詳しくは、在庁官人の上申書に掻き揚げてありますので、重源が恐縮ながら申し上げる次第です。
文治三年三月一日 判あり(重源の花押)
周防国の在庁官人が申し上げる二か条
一 得善、末武の地頭として、筑前太郎家重は都濃郡一帯を覇権して、国衙の倉庫を腕ずくで開いて、収納されている米を強奪したり、狩猟を主な行為として、庶民を力ずくで集めて自分の城の堀を掘らせて、勝手気ままに農業耕作を邪魔すること
右のこの理由を考えてみると、周防の国は元々狭い上に、荘園が多くあるので、国衙の力の及ぶ範囲が少ないのです。しかもその上に、源平合戦の主戦場になったために、田畑は荒廃して、農民は居ないのと同じです。在庁官人を含め、飢えて亡くなった人は、数え切れません。そういうことなので、東大寺再建の費用に宛てる様に、国司の権利を戴きました後は、ここに留まった在庁官人も貧しい生活に窮している人々も忠義の心をめぐらし、随分と頑張って、きわめて珍しい大きな材木を運び出そうとしましたが、国司の権限の及ばない別な納税地だと云ったり、新しく立てた荘園だからこれも別な納税地だと言って、話をドサクサにまぎれて、敢えて催促している国衙の役務に従う権限の及ぶ土地がありません。へたをすると腕づくの喧嘩や納税問題として訴訟を呼ぶ基になってしまいます。全然、東大寺造営という仏に対し縁を結ぼうなどと云う思いはないので、国司権限に従う者もありません。特に、得善、末武と云う所は、特別な(権力者の)圧力がかかっているとも聞いていません。又、国衙の介入を免じて別な納税地だと言う書付もありません。単に地頭に任命すると云う、鎌倉殿頼朝様の命令書を戴いているに過ぎませんそうです。それなのに、何でも武力に物言わせて、この二つの国衙領の保を横取りしたばかりか、柱引きの人夫の賃金や食料として用意して置いた米四十余石(6トン)を、国衙の倉庫を打ち開いて盗んでいったばかりか、営農の最中の農民を無理やり集めて、鹿狩りや鷹狩をするのを仕事のようにしています。その上、法皇の命令の院宣をさえも気にしないで、このように公の官庁の物を差し押さえて、自分達の食料にしてしまうような濫りに悪い事をのさばってやっております。何と云ったら良いのかとんでもないことに、この国に住んでいる在庁官人や納税帳簿付けの事務員、侍などを地頭の家中に屈服させて、国衙に勤めさせません。こんな具合で、東大寺造営の勤めなんか、てんで忘れている始末です。全く持って、これほどの天魔の災いは、これ以上の事がありましょうや。それなので、周防の国中の非課税の領地や国衙が干渉できない領地の地頭や、現地管理者がちが、この噂を聞いてまねをして、悪いほうへ傾き、本当の正しい行いする勇気のある者がおりませんので、折角大物の材木を切り倒しても、川まで引き出す者が少なくて、未だに引き出せない材木が沢山あります。何処を宛てにして、史上希な東大寺造営に励んだらよいものでしょうか、お考えいただければ、なんで幕府の指示命令がないのでしょうかね。希望をお願いします。一つは地頭のほかの連中への見せしめのためにも、その地頭の身を捕まえて戒めて下さい。一つは新しい別な使者を周防へ下って来らせて、わがまま勝手な行動を止めていただきたいのです。
一つ 国衙の侍所の人である高信は、久賀、日前、由良の地頭だと称して、国衙の倉庫を腕ずくで開いて、治められている米を強奪し、保の役人のように、万雑公事を押し付け、国衙の勤めに従わない事
証拠となる文書を添えてお出しします
右の、その土地等は、特別な(権力者の)圧力がかかっているとも聞いていません。一般の権力が限られている国衙の領地の保は、勿論公領であります。しかしながら源平合戦の主戦場になった以後は、当初の領主も地頭も、ドサクサで分からなくなってしまったので、戦が落ち着いてからは、新たに地頭が任命されて所です。それなのにそのどさくさにまぎれて、好きなように地頭の権力を傘に来て、東大寺造営の邪魔をしております。何と云ったら良いのかとんでもないことに、僅かに国衙の倉庫に保管していた米は、特に中央への納付を決められている年貢米ではありませんし、私が用途を振り分ける米でもありません。この国や周辺の国へ寄付を募り歩く勧進をしてきて、たまたまこの狭い周防国からの年貢の米なのです。それなのに、やっとこさ分けて置いた米を、或いは国中の年貢徴収量の多い少ないと文句を付けて、或いはずる賢い考えで、法を無視して横取りしてしまったのです。
そして、国衙倉庫へ納入する米のやり方は、納税担当の納所からの使者の帳簿付け役人が検査して倉庫に納め、倉庫に封をするのが、諸国一律のやりかたです。それなのに、勝手気ままに任せて、全て国衙へは知らせずに横取りをしてるのは、希に見るとんでもないことです。この一つ取ってみても万を推察していただきたいのです。詳しい事は、年貢を納付すべき本所に聞いていただき、ほかの連中への見せしめのためにも、一つは出鱈目の行為を止めさせていただき、一つは、取られた国衙倉庫の米を調べて戻して戴きたいのです。
以上の二か条を申し上げる事は、この通りなので言上します。
文治三年二月日 散位賀陽宿弥弘方
散位土師宿弥安利
散位土師宿弥弘安
散位菅乃朝臣成房
散位土師宿弥助遠
散位土師宿弥國方
散位賀陽宿弥重俊
散位土師宿弥弘正
散位大原宿弥淸廉
散位中原朝臣〔京に在り〕
散位日置宿弥高元
權介大江朝臣
權介多々良宿弥〔京に在り〕
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