第六巻文治二年(1186)八月小廿六日庚子
蓮花王院三十三間堂の領地の紀伊国由良庄内(和歌山県由良町)で、京都七条通の銅細工所の通称紀太(宗守貞)が悪巧みをして、年貢を横取りしてしまったと、上部領主の藤原範季様が正式の抗議文とそれに伴う後白河院からの命令書の写しを送ってきたので、今日、手紙に基づいた命令書を出すように命じられましたとさ。
命令する 蓮花王院三十三間堂の領地の紀伊国由良庄の現地管理役人へ
さっさと、銅細工の七条紀太(宗守貞)の年貢の横取りを止めさせる事
右の通り、その荘園での、あの細工人の悪巧みを止めて、後白河法皇からの命令に従って、領主職が荘園を治めさせるようにとの命令はこの通りなので、あえて命令する。
文治二年八月廿六日広荘と由良荘での納税の邪魔をされている事について、訴え状をお出しいたします。どうか、朝廷から命令を出していただくようにお願いします。七条紀太丸は特にひどいのです。最も重い罪に罰してください。奴の領主と云うのは平基親様だそうです。貴族社会の事情(暗黙の規則慣習)を知らない田舎者なので、尚更にこのような無茶な悪巧みを企んだのではないでしょうか。とんでもないことであります。とりわけ、後白河法皇が熊野詣にお出かけになられるとの、噂も聞いていますので、それらの荘園運営がうまくいっていないと、曲げ物などの桧物の容器が手に入らなくなります。従来から笠田荘でその勤めを果たしていましたが、(文学上人が)高尾の神護寺の荘園としてしまいましたので立ち入ることができません。少しでも急いで命令を出してください。恐れながら申し上げます。
閏七月二十四日 木工頭藤原範季〔上申します〕
蓮花王院三十三間堂の領地の紀伊国由良庄内(和歌山県由良町)での徴税を邪魔する事について、領主の木工頭藤原範季の訴えの文書を送付するのはこの通りです。詳しく調べるようにと、内々の後白河法皇の意向であります。よってとりなすのはこのとおりです。
閏七月二十九日 太宰権師吉田経房〔承って書きました〕
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