第六巻文治二年(1186)七月大廿四日己亥
後白河法皇の祈願として、平家の怨霊をなだめ静めるために、高野山に高野大塔を建立しました。先だっての五月一日から、きちんとした法要を実施されました。そして、その塔の修理費や維持費、僧侶への年貢を出す所は、備後国大田庄を寄付すると書いた証文に手形を押した上で、今日奉納しました。但し、土肥弥太郎遠平が地頭をしており、年貢を横取りされると朝廷へ訴えてきているので、特別に後白河法皇が地頭停止を言ってきたので、地頭代官は荘園から撤退するように、今日頼朝様は命じられましたとさ。
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